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12.09.2013

コットン

お家に植えたカレンのコットンの木もかれこれ3年目。どの木もすくすくと育っています。


今年は去年よりたくさんコットンが収穫できそうです。



カレンのおうちでは、コットンを収穫するときは、まず最初のコットンを取り、そのコットンをその木のそばに一晩置いておきます。それをすることで、「収穫をしますよ」と、コットンの木に伝え、その翌日に全体のコットンを収穫するそうです。急に、コットンの木とコットンが離されてしまって、寂しい思いをしないようにという意味合いがあるんだとか、、、。
コットンの収穫の儀式ですね。大切にしたいです。


8.17.2013

organic farm





先日、オーガニックのお野菜市場へようやく行けました。
家から、バイクで20分ほどの場所。運河沿いの道にあります。ワット・ウモーンあたり、、、。

オーガニックの種を、前に友人がメーテンにある、organic farmのものを持ってきてくれたことがありましたが、長いこと植えなかったのでこの間、植えてみたら芽がでてきませんでした。残念、、。
ここにはオーガニックの種も売っています。
ひと袋30バーツ。
上の写真のお野菜たちは全部で390バーツ、日本円で約1000円です。

家に植えようと生姜も買いました。
この生姜、ジュースにしたら、くせがなくてとってもおいしい。若生姜だったからかな?

この間、だんなが突発性の蕁麻疹になり、生姜を使った治療法で見事に治りました。
前から、生姜は体にいいとは思っていましたが、その日からもう生姜に夢中です。
魔法の生姜。。







5.07.2013

愛の成就


お庭に植えた、コットンの木。
ひとつだけたわわにコットンがなりました。
この種類のコットンは、大きなコットンの木で、3、4年はコットンが付かないと聞いていたので、うれしかったです。このコットンの木を植えてもうすぐ1年になるかしら、、。
2年後が楽しみです。

ときどき、、なにやってるんだ?わたし?というふうに考えるのがくせですが、
またそんな時期が、、、。

なんだかシンプルではなくて、自己満足なものつくりになってしまってるかな?なんて、、。
いけないいけない、、、。
わたしのしごとは自己満足なものではいけない。。

働くということは、お金を稼ぐだけではありません。
朝起きてから、眠るまでわたしたちはそれぞれのお仕事をこなします。

ママのことであれ、自分のことであれ、人のことであれ、働きはすべてにおいて向かっているのだなぁと思います。世界は自らが創り出せるもの、汚いものですら、美しくしてしまうそんな世界。でもそれはけして自己中心的なものではいけません。自分がすきでなくてはいけないとか、楽しくなくてはいけないとか、もちろんそれがいちばんで、大切なことなんですが、、最近、それだけではないなぁというきもちが沸き起こってきました。原始の地球が生まれて、何億万年、、。わたしが生まれて42年、、。そんなふうに考えてみるとほんとうに小さいひとひらの時代を生きている。わたしたちは、生まれてどこへいくのかしら?きっと原始に帰っていく地球、いつかそこに、人間はいないかもしれません。
かといって、わたしも原始の世界には戻れない。

いまここに与えられた世界で日々働き、愛を成就できればいいのかもしれませんね。。
スタイルはいろいろですが、やっぱりシンプルに。。

シンプルに過ごすだけでいろいろな粒を拾い集めています。


見たいと思う世界の変化に
あなた自身がなりなさい。

ガンジーの言葉


2.13.2013

コットンの木


おうちに植えた、コットンの木。
ようやくお花を咲かせました。
きれいですね。

そして場所によって、木の大きさが違うのも不思議です。

藍の葉っぱもどんどん成長しています。
来年あたり、
自分でコットンを紡いでいるのでしょうか、、、。
楽しみです。

わくわく。

植物たちと
一緒に生活してるとあたりまえだけど
やさしいきもちになります。

そわそわとすることがあっても
植物の呼吸を感じていると、
なんだかだんだんと落ち着かせてくれます。

あー、だいじょうぶだと、、。

そういえば前に大好きな友人が
木の話をしてくれました。

木は、ずっとそこに、なににも迷惑をかけないで
立っている。
幹もぶつかり合ったりするんじゃなくて
自然の力に逆らうことなく
伸びれそうなそのスペースを見つけて
伸びていく。

コットンの木たちを見ていても
そんなふうに立っています。







7.14.2012

働くということ

数ヶ月前に、織り布を頼んでる村の人に、「ゆうこから注文されてる布は単価が安いのでもう織れない。」と、言われました。

つまり、あまり儲けにならないということでした。

フェアな働きをしてると勘違いしてたわたし。彼らにとって満足のいくものではなかったのです。

「それならそうと満足のいく値段を言って!」と、言いました。
唐突に「もう織れない。」と言われてかなりショックでした。

よくよく話をしていると、手紡ぎコットンの値段が2倍にも上がってしまったことが原因だったらしいのです。古くから、暮らしの中で無農薬のコットンを育てる。育てるというより、勝手に育っていた野生のコットンの木たち。それを手軸で糸にする作業も昔から普通に行われていたことも、
日本の人が、出入りすることで、村の人にとって価値があることを意識付け、値段も上げてきたのでしょう。

たしかに手のかかる作業ではあります。

わたしは、そこの村に注文する一人、
多く注文する人たちに、高く買ってくれる人たちに、卸すことで彼らの収入もぐんとアップするのです。そんなことを考えたらわたしの場合、ちょこっと注文、しかも統一した色ではなくいろいろな色。
そんな注文の仕方、村の人にとってフェアじゃなかったのです。

人と人はつながってる、どんな形、その形にこだわらずになにか、どこか、ちょっとでも役にたてていたらいいなという思いは、幻想だったんだなぁと思いました。

みんな生きるために必死です。

で、いろいろな話をまた彼と会ってすることができました。
わたしの働くという方法を伝えました。

なんと彼は十分にそれを理解していてくれたようで、
ビジネスは絶対的に儲けるということばかりではないと話してくれました。
わたしよりもすごーく年下なのに。。。
その一言で、安心。
わたしたちがフェアなかたちで、働きのつながりを見直すことができました。

働くということは、お互いに気持ちがよくなくてはいけないなぁとつくづく思います。
そうでなかったら結局いい働きをして、その働きで、多くの利益があったとしても
その働きに関わっている全体のこころに通い合いがなければ、その働きは無駄なのかな?とも思えます。
もちろん、お金は必要なのかもしれませんが、わたしにとって心の部分は大きい源です。この部分は、けしてお金には変えられませんもの。

わたしの今回の選択は、村のコットンの木を譲り受け、自分で育ててみるです。
そして、染師のウィくんに染めてもらいます。
腰織りは、また別の村で。。。

働きは今までどおりですが、いろいろな場所にまたがっていきます。

少しの間、村わたのしるしに村わたマークをつけていましたが、そのマークもつけません。
村わたの呼び名はそのままなので
これからも村わたをよろしくおねがいします☆彡